【店主note】Hackney Wick / Stephen Gill
皆さんはイギリスと言われたらどのようなイメージが出てくるでしょうか?
ハリー・ポッターにも出てくるような、レンガの街に赤い2階建てバスが走り、くるみ割り人形に似た黒い帽子に赤い制服を着用した王室警護の兵隊さんでしょうか。
イギリスを代表する写真家Stephen Gillの代表作と言われている『Hackney Wick』を読むと、イギリスのイメージに風穴が開いちゃいます。
それもそのはず9年も住んでいたGillでさえ「ロンドンという地図が塗り替えられた。」と話していたくらいですから。
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タイトルに使用されているHackneyは地域の名前であり、彼が住んでいたロンドンの東部にあります。
Stephen Gillが生まれたBristolはロンドンに次ぐ文化都市という言葉が出てくるような街であり、そこと比べるとHackneyは移民で溢れ、倉庫や工場跡などの場所に亡命希望者が密集して暮らしている場所です。
本書のメインになっているのは、そんな場所の青空市。
旅動画のVlogやSNSに絶対出てくるような、おしゃれなヴィンテージの額やレース、食器などが集まっているフランスの蚤の市とは真逆の景色で、テーブルの上に乗っているものと、土の地面に落ちている物の質がなんら変わらなく見えます。
Gillは「売られているもののほとんどはスクラップのようでした。高級品の市場ではなく、生活に苦労している人々のための市場だった」と話しています。
その青空市を見ていると、ロシア系統でよくみる頭巾を被った恰幅のあるおばあさんや、白いターバンを巻いたシーク派の人、ヒジャブを身に着けている女性、刈り上げた頭髪にシルクハットを被り、タンクトップにデニムを着てタバコをふかしているイギリス写真あるある青年がいたかと思えば、黒人も白人もごちゃまぜにいます。
売られているものと、それらを目当てに足を運ぶ住人からその街がどのような場所かが写真から解って読者すらもロンドンの地図が塗り替えられていく1冊です。
でもこの写真の素晴らしさは、そんな場所を撮影したからではないと私は思っています。
Gillはその青空市で100円ほどでプラスチック製のカメラを購入し撮影しています(まさしく地産地消)。
ソフトフォーカスのような柔らかい光で包まれている青空市と街のスナップは、情報をギュッと詰め、ストレートに撮影したドキュメンタリー写真とはほど遠く、写っているものは殺伐としているのに、鼻歌を歌って日曜日の朝に朗らかに散歩している気持ちにさせてきます。
それは、彼がその場所や、そこにいる人たち自体をピエロとして扱ったり、偏見の眼差しで見ていなかったからだと私は思うのです。
笑ってしまうことに、ロンドン中心地からHackneyまでの距離は7-9kmほどで、東京でいうと渋谷から9km前後には私の生まれた浅草があります。
キラキラとしたファッショナブルな街ではなく、浮浪者が当たり前にいて、頭の上から足先まで入れ墨が入った人もいて、白髪でサンタクロースのような白いヒゲを蓄えたおじいちゃんはなぜかセーラー服を着ていたり、日本語ではない言葉が飛び交っているのが当たり前で、そんな人たちがただ生きて、ただ暮らしているだけの街。
言えることは、彼らは変な人として扱って言い訳ではなく、指さして笑って良い人でもなく、憐れむ訳でもなく、崇める訳でも、尊敬する訳でもなく、そこでお互い何する、何される訳でもなく、同じ土地にあたりまえにいる住人というだけ。
写真のやり方の1つに、酔っ払った人、抱き合っているカップル、地面に転がっている人など、つい見ないようにしてしまう一瞬や人を撮るというやり方は存在しています。
それはパパラッチ精神のような、見てはいけないと解っていても見たくなるものという人間の心理を深くついているやり方です。
そのやり方については、自分の妻を長年に渡って撮影し続けて、『メモワール』というタイトルで何冊も写真集を刊行している古屋誠一さんも自分の作品に対して『人は見たくなるものだ。』と話しています。
思わず二度見しちゃうもの、奇跡的な瞬間、シュールな場面、悲しみ、感動などなど写真のやり方は本当に様々。
でもGillは、Hackneyの人たちをそのように扱わないで写真をやり遂げました。
「その場所のエネルギーに惹きつけられた。」と彼は話しているので、人や街というよりもっと普遍的なものを捉えようとしていたのかもしれません。
そして、写真という側面では「90年代後半から2000年代初頭にかけて、品質と技術という概念が非常に重要視されるようになり、写真に関する議論はしばしばdpiやメガピクセルといった数値ばかりになった。私の中には、写真が到達したこの段階から解放され、反抗する気持ちがあった。」と話し、作品という部分でも写真という部分でも挑戦をしたなと思うのです。
後にこの場所で8作品も生み出していくのですが、本書はそんな彼にとって重要な場所「Hackneyシリーズ」の最初の作品であり、後の作品では土に写真を埋めたり、拾ってきたゴミと一緒に制作したりと、スナップ写真だけでまとめられている純粋な作品として、やはり最初に見ておきたい写真集なんですよね。
本書に掲載されている青空市は2003年に閉鎖に追い込まれています。売られていたものに盗品や偽造品が溢れていたということもありますが、オリンピック招致による開発のためでもあります。
『Archaeology in Reverse』では、その後が撮影されているので、この2冊はセットで読むと本当に面白く…..。
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Hackney Wickは2001-2004
Archaeology in Reverseは2005-2007
のお話。
東京という都市、日本という国、移民という問題は20年経った2026年、とても大きく様変わりしているように思います。
今、目の前でくすぶっている問題や矛盾に対してどう向き合って、どう作品にするのか。そして、自分はどう写真にするのか。
Gillは写真に対しても、写真集に対してもとてもコアがある写真家なので学べることがいっぱいあるかと思います。
Hackney Wick / Stephen Gill(スティーブン・ギル)
¥55,000 税込
https://bookobscura.com/items/6a2bb76285c337007046c2fc
Archaeology in Reverse / Stephen Gill(スティーブン・ギル)
¥8,250 税込
https://bookobscura.com/items/6a2bc238f7b4a2146044d447