
【店主note】写真集の存在&写真の未来に出来ることのお話。
コロナ禍に以前に企画していたことがたくさんありました。コロナ禍が始まって全てが止まり、それよりもやらなければいけない対策や運営があり、皆様の多大なご愛顧のおかげでそれでも走り続けることができました。
そして今、なんとか練っていた企画が動き始めています。
ひとつめが、「NICE to MEET bookobscura」という企画です。私たちはこの企画でしっかり「写真集」と出会って、観て、応援していきたいと考えています。
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写真集というのは理想的な形で写真を見るための唯一の媒体です。
写真は、光と影で絵を描くという意味です。
その上で、光と影=明暗、が重要であり、現代では「色」も重要な情報として使用している作品が多くあります。
「明暗」と「色」で表現している写真。
閲覧者側の私たちは、見る媒体によって、その「明暗」や「色」が変わってしまうことがあります。Windowsの画面も、MACの画面もそれぞれ「色」が違います。
地球上に存在している、何億個のiphoneなどのスマートフォンもそれぞれ使用者が画面の「明暗」を変えていることでしょう。しかし、写真家が意図を込めて作った作品であっても、「色」も「明暗」も違うものになってしまう。媒体によって見え方が変わってしまうのはどうしたものか。
写真家が納得して1枚の作品として仕上げている「オリジナルプリント」を、アフリカ、ヨーロッパ、南米、北米、アジア、中東と世界各国で観れたら、それが1番良いのかもしれませんが、現実的には難しいでしょう。
つまり、写真集は、全世界の人々が「同じ色、同じ形」で見れる唯一の媒体なのです。
生のLIVE会場で聞く歌声がオリジナルプリントだったとしたら、写真集はCD音源のようなものなのかもしれません。しかし、色も同じ、明暗も同じで写真の大きさも余白も、作品の表現に合わせてデザイン出来るのです。
そして、その写真集は100年後の世界にも普通に残る素晴らしい媒体なのです。
100年後の世界では、今のデジタルデータでは解像度が足りずガビガビになってしまっているかもしれません、写真集は経年ヤケをしてしまっているかと思いますが、100年後も同じように観ることができます。
100年後にも残るからこそ注ぎ込まなくてはいけない何かが「写真集」の中に存在しています。写真集という存在価値は1つだけではなく、数えだしたらキリがありません。
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「写真集」という言葉と「ZINE」という言葉を分ける方もいらっしゃいます。「写真集になってないZINEなのですが・・・・。」など。
私は「写真集だから」「ZINEだから」と分けていません。
作品を物質的に表現する為に、作品の内容を考えて「ハードカバー」や「ソフトカバー」になっているだけで、どちらかが良いという話しではなく、内容の表現をどのような装丁にしているのかの話しを重要視しているからです。
カードの形の写真集も好きです。なぜカードの形にしたのかを聞いてしまいますが。
写真集という存在価値と、作品を物質にした際の表現。
写真集を作るためには、それはもう考えなければいけないことが盛りだくさんで、だからこそ、編集者さんや、グラフィックデザイナーさん、造本家さんに、プリントディレクターさんなどなど、作家以外に作品を物質的に表現するためのプロフェッショナルたちが存在しているのだと思います。
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日々撮影している「写真」の未来は深く存在し、私たちにできることはまだまだたくさんあります。
だからこそ、「NICE to MEET book obscura」を毎年開催して、写真家の考えがたくさん詰まって表現された「写真集」という存在をしっかり応援して行き、book obscuLABでは「写真」という視覚表現を一緒に考え「作品」に結びつけていく。
2つの「企画」が循環し合って
「写真」とは
「作品」とは
「写真集」とは
と、長い旅路を寄り添っていくのが私たちbookobscuraが出来ることであり、するべき事なのかなと思います。
「写真」の草の根運動になりますが、Alfred Stieglitzが運動したように、Walker Evansが写真集でやってのけたように、私も頑張っていきます。
皆様と毎日、毎年、写真をより昇華出来る日を楽しみにしております。
↓NICE to MEET bookobscura
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↓book obscuLAB
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