【店主note】熊谷直子 写真展「レテに浮かんで」に向けて
「私が死んだらお花は入れなくてよいから、1冊だけ大好きなあの写真集は入れてね」と頼んでいる写真集がある。それにプラスして、私の「遺書」として使わせて頂く写真集が見つかりました。
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熊谷直子さんという作家は「被写体と渡り合いながら撮影が出来る」特徴を持っています。
被写体とプロレスをしながら撮影しているのか?と思ってしまうほど、精神的にも肉体的にも相対しているふしが写真から見受けられ、時には被写体と同化しすぎていて被写体が緊張していると撮影している熊谷直子さん自身も緊張しているのか、写真が強張っている時があります。
シンクロしている?と言ってよいのかもしれません。
現実世界で、人間でも何かしらのモノであっても己とリンクさせるのは精神力も体力も使う行為だと思います。それをカメラを持ってファインダーを覗いた一瞬で、なせる技なのか毎回疑問に思います。
そして不思議なことに熊谷さんは、人ではなくても浸透していくので本当に素晴らしい作家です。
それは2009年に刊行された『anemone』から感じていた部分です。
2009年に刊行された『anemone』という写真集は、風になびくカーテン、目に眩しく入ってくる真っ黄色のイチョウの木など、心地のよい風景写真がまとまっていました。私は、風景と同化しながら作家自らの虚無や希望に触れるかのように、写真家自身が自分の中を探りながらどこへ向かっていくべきか、岐路に立たれているような感じがしました。
言葉で語れない何かを、ただそこにある風景に自分を重ねて消化した覚えはないでしょうか?私は『anemone』で、風景と何の濁りもなく透過する写真家に触れ驚いたのです。
2017年に刊行した『赤い河』は、『anemone』と見比べると風景写真から人間の被写体がほとんどで、じっくり時間をかけて撮影していくというより、一緒に踊りながら撮影しているかのような作品なので最初は同じ写真家なのか?と一瞬立ち止まってしまいました。
内容は自身の母を中心に2011年の震災をきっかに知り合った気仙沼の人々や知人などを被写体としたドキュメント以上の何かに変貌したスナップ写真がまとまっている作品で、読み終わった後に『anemone』から迷いながらも豊富な道を練り歩いた人間の変化を感じました。
自分の中を埋めれるのは自分だけではないことを知ったり、愛することで愛されることを知ったかのような、自分の意思とは別の衝動による「走る行為」を覚え、自分以外の誰かのことも掬い上げれる大きな器になった感覚がしました。
『赤い河』を読んで、自分自身が変わっていくことに安堵を覚え、ずっと同じじゃなくて良いのかと私の中が少し軽い気持ちになった感覚がしたのです。
そして、『赤い河』からの続編とも言える本書『レテに浮かんで』。
『赤い河』で表紙を飾っていた母親との別れや、実家の解体などをピークに、知人や友人のスナップ写真が、意識せずとも過ぎ去っていくあたりまえの時間のように流れていき、自らの中にたくさんのモノを満杯に出来た1人の人間がようやく「自分」という形を掴んで自らの意思で地に足を付けて歩み出したように思えました。
『anemone』では自分をまだ説明出来ない状況で、『赤い河』では何かを受け入れ始め、『レテに浮かんで』でようやく自分を解放したのか?と思っています。
それは、熊谷さん自身の解放だったのか、それ以外の人の解放だったのか。それともどちらもだったのか。
本書を最後までしっかり読んで貰うと解っていくかと思います。
人が亡くなるまでの日記のような写真や、亡くなった後に残されていく人のドキュメンタリー写真はこれまで多く鑑賞してきました。
今回展示をさせて頂く熊谷直子さんの『レテに浮かんで』を拝見した時に、悲しい言葉に聞こえ虚しく感じる言葉かもしれませんが、「死んだあとも、それでも世界は回り続ける」ということが、不思議と穏やかな気持ちになれて心地よく思えたのです。
「どうか悲しみに囚われないでほしい。」
「笑っていてほしい」
自分が死んだ世界に残してきてしまった人たちが悲しみに暮れていると、気になって成仏なんてしている場合でもなく次の人生に行きづらくなります。もちろん「ずっと忘れないで」と思う方もいらっしゃると思いますが、私は「いってらっしゃい」という気持ちで送り出してほしいと思ったからかもしれません。
だって残された人たちが、それぞれの人生を謳歌している方が私は嬉しいから。
なので、私は本書を私が死んだ後に残す人たちに贈って「大丈夫だから」という言葉だけかけようと思っています。
生きること、死ぬことが繰り広げられてる毎日がどう残っていくのか。
そして、残されていく人はどうなっていくのか。
写真があるからこそ感じ取れる世界を、熊谷直子さんが見つけた視点で、そしてトークイベントで垣間見れるのを楽しみにしています。
/////開催概要/////
熊谷直子 写真展「レテに浮かんで」
期間:2024年8月29日(木) - 2024年9月23日(月)
※9月16日(月)、9月22日(日)、23日(月)祝日も営業致します
営業時間:12:00-19:00
定休日:火曜・水曜日
https://bookobscura.com/news/669f91744c7baf04557d5814